第135号 2015年3月
バトン
2015年を暗澹たる気持ちで迎えている方も多いと思う。戦争を知らない世代である私が戦争を身近に感じたのは一緒に暮らしていた祖母からだった。普段はもの静かでいつもニコニコしていた祖母が戦争の話になると、「戦争だけは絶対にダメだ」と厳しい顔になっていたのを幼少ながら鮮明に覚えている。実際に体験したことは無くとも、身近な人に体験者がいると過去がグッと近くに引き寄せられる。戦争だけは絶対にダメだと私自身も子ども心に思い、戦争の無い平和な国に生きる幸せを感じていた。そんな祖母も昨年末に99歳という大往生で、安らかに眠るような顔で旅立っていった。後に残された私は、祖母からのバトンをいかに繋いでいけるだろうか。
手元に「瀬戸谷の歴史」という分厚い一冊がある。私の住む藤枝市北部の瀬戸谷という山間集落の歴史を地元の有志が編集委員を結成し2012年に一冊の本にまとめた。ついつい積読し手を出さずにいたが、近頃になって頁をめくってみたのは祖母の他界や昨今日本に蔓延する暗い兆しのせいかもしれない。自分の生まれ育った地域の歴史を読むということがこれ程面白いとは想像だにしなかった。資料のあるものでは白黒写真が付き、当時の時代背景や村の様子など事細かに記述され、まるで目の前にその時代そこに生きる人々が現れるかのように感じた。今は亡き祖母や村の人々が今とは違う時代を生きその息吹を感じ、想像の世界はみるみる広がっていった。
近代に入ったところで、節の見出しに「テロ事件と日本の右傾化」とありドキリとした。読み進めば進むほど、太平洋戦争前夜があまりにも現代と重なる点が多くあることに気付く。その大きな流れに翻弄されるように瀬戸谷村の人々の暮らしも大きく変化していく。村の楽しみの花火大会は中止され、食糧増産のために茶畑やみかん畑の木は抜根されてサツマイモ畑や麦畑に姿を変えた。文献によると滝沢地区260戸あるうちのおよそ8割が出征兵士を送りだしたとあり、瀬戸谷の他の区内の実態も大差はなかっただろう。若い農家の働き手を失い、労力ばかりか肥料などの生産資材も乏しい中で食糧増産への政府からの圧力は強められていった。私の家のすぐ裏に城山という名の山がある。その山の雑木林１３町歩を開墾し畑にしようと人手不足の中、女性や子どもまで動員し事業が進められたことなど全く知らなかった。開墾の最中に敗戦となり、開墾完了は戦後早々の昭和21年。その後、開墾地は茶畑となったが最近農家の高齢化等で耕作放棄地となっていることは、その歴史と当時の人々の血の滲むような努力を思うと悔まれてならない。
新茶の収穫を間もなく迎える喜びを胸一杯に日々、農作業に励む。家に帰れば温かい食事を家族で囲む。そんな何でもないこと、それがいかに大切であり、平和な世の中だからこそ出来ること。日本の防衛費が過去最高に膨れ上がり、一方で社会保障が削られ、とても生き辛い社会に変わりつつある。戦争とは何なのか。戦争を知らない世代だからこそ、歴史と向合い、耳を傾け、知ることから生きる上で大切なものを見極め、祖母から受け取ったバトンを繋いでいきたいと思う。
