第74号 2009年9月
月は西の山に沈み
8月11日に東海地方で起きた大地震。とても大きな揺れでしたが私の家の周りでは被害は全くありませんでした。とても多くの方々からご心配の連絡をいただきまして、心より感謝いたしております。どれだけ多くの方々に日々支えられているかを改めて実感しました。本当にありがとうございます。
9月上旬のまだ薄暗い早朝、人も山の生き物も眠るなか西の山に満月が静かに沈んでいった。東の稜線が薄桃色に染まり始めると山里は夜の静寂とは一転した顔になり一日が始まる。「今日も暑くなるぞ」私は心の中で呟く。8月上旬に長い長い梅雨が明けると、それ以降は雨が一滴も降らずに1ヶ月が経とうとしている。週間天気予報を見ても雨が降る気配は全くない。茶やミカンなどのように地に深く根を張っている樹木は多少の乾燥には耐えられるが、畑の野菜は元気がない。そういえば今年は入道雲を見ないまま夏が終わろうとしている。そして、蜂の巣が茶畑にとても多いのも気になる。例年、1つか2つは茶木の枝の下に蜂の巣を見つけるのだが、今年は10個以上もハチの巣があった。巣に気付かずに草取りをしているとチクリと刺されてしまう。人間が気付かないところで蜂やその他の生き物は自然の変化を敏感に察知しているのだろう。
ジリジリと背を焼く太陽の日差しに耐えながら夏は毎日草取りに明け暮れる。気温が高い夏は雑草が勢いよく生長するため、毎日ひたすら草を取る。でも今年は雨が全く無いので草も心なしか元気がない。いつもなら地面に置くとしぶとく根を張る草も、夏の太陽と乾燥で夕方には枯れてしまう。
草取りの手が回らない時の心強い助っ人は、近所のおばあちゃん。80歳近い森元さんと井沢さん。夏の暑さもなんのその、上手に鍬を使ってどんどん除草していく。私も弟もお婆ちゃんのスピードにはとても追いつけないほどの手際の良さで進んでいく。その小柄な体のどこにそれだけのエネルギーがあるのかと感心してしまう。その熟練の技と逞しい身体は長年の積み重ねのなかでのみ形成されることがおばあちゃん達の背中から伝わってくる。どんなに元気な草も、おばあちゃん達にはかなわない。私もおばあちゃん達のように年を重ねていきたいと強く思った。そして、このように年長者から技術や生き方を学べる環境にあることはとても貴重であり幸せなことだと思う。高齢者がもっと自分を発揮し輝ける場を得られたら、日本社会も若者ももっと活き活きとするはずだ。
9月に入ると茶畑へ肥料を施し、9月下旬に収穫する秋番茶の準備に入る。下の写真は肥料散布機で、20キロの肥料を入れて茶園の通りを押して歩くと茶木の下に肥料が拡散する。今月はベトナム人留学生のトゥアットさんが農作業の研修に来ていて、全身から汗を流しながら一生懸命に機械を押してくれた。一週間一緒に農作業などの仕事をして、「毎日、新鮮な野菜など健康的な食事をしているから農家は一日中働く体力があるのですね」と言っていた。やはり食事は健康の基本であり、日本に農業があればこそそれは可能だ。しかし農業は今危機的な状況にある。長い年月の中で培われた農業技術や知識は里山の荒廃と農家の高齢化とともに失われようとしている。そして今年の異常気象にみるような自然の影響をもろに受ける。農業が失われるということは、安全な食が脅かされることだという危機感がまだまだ薄いように感じる。私たちは経済成長ばかりに目を向け、自然や環境への配慮を忘れてはいないだろうか。人間も自然の一部であり、自然が無ければ生きていけないということを、どうしたら伝えられるだろう。それは自然に最も近いところで生きる百姓としての役割だろう。一日の終わりを知らせるように鳴く鈴虫の声を聞きながら想いは巡る。
