第67号 2009年2月
寒空
霜が野山を白いベールで覆い、息も凍りつくような寒い朝、新聞を手に取りまず目に飛び込んだ見出しが「マクドナルドは最高益」。その記事のすぐ隣には、最近では連日報じられる大手企業の人員削減のニュース。思わず身震いするような新聞の一面は今日の日本社会をまさに反映している。
記事を更に詳しく読んでみると、マクドナルドは2001年の株式上場以来過去最高を更新し、純利益が前年比58.5％増とある。あれだけ中国からの輸入餃子事件や、汚染米、大手メーカーの食品偽装で食の安全が揺らいだと大騒ぎされていても、結局それは表面的な次元でしかないように感じてしまう。「安さ」に飛びついて、その裏側にどんな実態が隠されているかも考えずに．．．昼前になると車が行列になるマクドナルドのドライブスルーを見るたびに寂しい気持ちになる。記事には成功の理由として「100円メニューや期間限定割引などで節約志向を強める客を取り込んだ」と書かれている。しかし、マクドナルドの増収は単に企業の成果または個人の嗜好だけの話なのだろうか？現在、日本の食、農、雇用、生活の現場で何が起こっているのかを考えずして、その答えは得られないと思う。
マクドナルドが100円のハンバーガーを売って莫大な利益を得られる理由の一つとして、安価な原料の調達があげられる。「ファストフードが世界を食いつくす」という洋書を読むと、アメリカでファストフード産業がどのように誕生し、利益を上げているかが綿密な取材によって明らかにされている。企業はそもそも利潤追求を第一とし、「安ければ良い」という理念に基づいているため、そのためには食の安全性や労働者への配慮、自然環境の保護などは顧みない。徹底的に合理化された食の現場は、かつて生命や自然と密接に関わってきた神聖さは一切切り捨てられた工場でしかない。化学肥料や農薬を大量に使用し見た目は良いが栄養価に欠けるレタスやトマト、早く太るためにホルモン剤や様々な薬品を与えられ肥大する牛、「名ばかり店長」として長時間の過酷な労働を強いられる若者．．．このようにして「安価な」防腐剤や人工の香料や調味料まみれのハンバーガーが出来上がる。
そして「安い」ハンバーガーが売れる最大の理由は「貧しさ」にあるのではないだろうか。不安定な雇用、年金問題や社会保障の削減、ネットカフェ難民の急増など人々の暮らしは苦しくなるばかり。安全で美味しいものを食べたくても、お金がなければどうしようもない。ファストフード業界の発展は地域の農業と食文化の喪失、中小の食品関連業者を飲み込み、人々の健康を脅かす。日本が世界に誇る伝統や文化が急速に消え、人々の精神的豊かさも同時に消えている。マクドナルドの成功はこのような社会の「貧しさ」に支えられていると言っても過言ではない。
食の安全を求める運動は社会保障や雇用の安定を求める運動と連動しなければ前進できない。なぜならば、これら問題の根源には市場原理主義の名のもとに行われた規制緩和があり、そのために派遣労働者が増え、大量の輸入農産物や加工食品が海外から流入するようになったのだから。日本が物理的そして精神的「貧困」から脱却するためには問題の共通の根っこを正していかななければならない。
「無農薬茶の会」が発足して今年で33年目となる。有機農業とはただ単に農薬や化学肥料を使わない栽培ではない。有機とは栽培方法にとどまらず、生命を大切にする生き方であり、自然や社会との有機的な関わり方だと思う。人が人らしく生き、食べ、働くことのできる社会、温かい血の通う社会を取り戻すためにも、これからが有機農業の出番である。
茶畑の隣に植えたオレンジの苗木。寒さに耐えながらも暖かな春に芽吹く日を待ち望む
