第69号 2009年4月
そらまめの花に願うこと
新茶期まで1カ月をきる3月下旬頃には、毎年「新茶便り」の発送を始めます。B4サイズの用紙を折り、ホッチキスで留め、また折り他の用紙とあわせて封筒に入れ、宛名を付けて出来上がり。途中、印刷機の故障や封筒が足りなくなったり、様々なハプニングはありながらも、家族総出で3日間ほとんど軟禁状態で「新茶便り」は完成します。新茶便りを作る時に、表紙の写真選びに毎年悩まされます。茶畑を訪れたことのない方でも、新茶時期の美しい茶園、太陽の光に透けるように輝く新芽の瑞々しさ、春独特の霞がかりぼんやりと浮かび上がる山々、春の香りをのせて優しくそよぐ風の色、その中で新茶を前に心を躍らせる茶百姓、これら諸々の景観や色彩を感じ取れる写真．．．もちろんプロの写真家ではなく私自身が昨年撮った写真から選ぶのだから、なかなかうまい写真が見つからない…。今年の表紙はある夕暮れに、収穫時期を確かめに父と茶園を周った際に撮ったものを使いました。
「新茶便り」を送る直前まで東ティモールで東南・東アジア地域の農業青年の集会があり一週間ほど滞在してきました。東ティモールはインドネシア東部、オーストラリア北部に浮かぶ小さな島国で、450年間のポルトガルの植民地、その後25年間インドネシアに侵略され1999年にようやく独立を勝ち取った国です。独立のために多くの血が流され、国民の実に3人に1人が命を落としたそうです。10年経った今でも侵略の爪痕は深く残っていると感じました。見渡す限り連なる山々は私の故郷の静岡を思い出させますが、ひとつ大きな違いは東ティモールの山には木がまばらにしかないのです。それはインドネシア侵略中に70％の森林が輸出のためとゲリラの隠れ場所を無くすために伐採され、今でも剥き出しの山肌は雨が降ると赤茶の土が雨水とともに下流に押し流され土壌浸食や土砂崩れが深刻です。その光景はまるで山が血を流しているように痛々しくとても悲しい気持ちになります。
独立した今は新しい国家の再建のために農業、環境、経済など基盤整備がすすめられていますが、そこにも大きな課題があると感じました。政府が2008年１月にインドネシアの企業との間で、東ティモールの農地10万ヘクタールをサトウキビのためのプランテーションに転換するという覚書を交わしました。それに加え、同年２月にはオーストラリア資本のバイオ燃料企業と59ヘクタールの農地をヤトロファ（バイオ燃料を生産するための作物）のための開発にあてるとの覚書も交わされています。これに加えて、政府は中国企業との間で重油発電所3基の建設計画を進めています。重油による発電は環境の破壊と有害物質排出による人体への影響が著しいことから近年では世界的に縮小傾向にあるにも関わらず、そして地域住民からの強い反発にも関わらず多額の投資のもと計画が推し進められています。東ティモール国民の多くが1日1ドル（約95円）以下の生活をしています。これらの人々は自給自足の生活をしているので、飢餓を免れ、暮らしを維持しています。したがって、東ティモールの民衆にとって土地と自然環境は死活問題なのです。
様々な想いを抱えて東ティモールから帰国しました。1週間留守にした畑では野菜ばかりでなく雑草も元気に成長しています。昨年の暮れに種を蒔いたソラマメは雑草に負けずにグッと空に向かって伸びています。白と薄紫、濃紫のかわいい花からはほんのりと甘く優しい香りがします。冬の厳しい寒さや雑草にも負けない力強さがそこにはあります。巡る季節の中で豊かな大地、水、太陽、様々な草木や生物に囲まれてソラマメは美しい花を咲かせました。私たち人間も自然の一部、目に見えなくても常に自然に影響され支えられ、生きているのでしょう。だからこそ自然を守ることが自分を大切にし人間を大切にすることだと思います。来年も、その次の年もソラマメが天に向かって花を咲かせられますように。
