第126号 2014年5月
太陽になる
芽吹きの季節、今年も静かな山間に黄色い声がこだまする。一年に一度だけ巡ってくる新茶の季節、山の上の茶畑では柔らかな新芽が陽光のもとキラキラと金色に輝く。新芽の生長と共に高なる胸の鼓動、茶農家なら誰しもが待ちわび心踊らす季節。里山が、そしてそこに生きる人々が一番輝く季節。この季節を多くの方々に体で感じて頂きたい、そんな想いから始まったお茶摘み交流会も今年で38回を数える。
「新茶の忙しい時期によくやるなあ」と周りの茶農家に言われながらも、新茶期の開催にこだわってきたのは、やはりこの時期にしかない輝きを見て、触れ、味わい、私たち茶農家と共に収穫を迎える喜びを感じて頂きたいから。忙しいながらも、茶畑で弾ける笑い声や眩しい程の笑顔に出会うたび、何とも言い表せない嬉しさが込み上げ、気付けば一緒に大声で笑っている。一人一人が太陽になっていた。
今年の交流会では特別講演の講師としてオーストラリアで家族農業を守る活動をしている友人に話をしてもらった。オーストラリアでは1990年代以降、自由貿易協定が7カ国以上と結ばれ、農業と流通の形態もそれに合せて変化してきた。小規模な家族経営の農場は効率化と激しい競争の中で急激に減少し、農地は大規模な企業型農業に吸収されていった。流通の面でも、町の小さな商店は消え、今では2社の大型スーパーマーケットがオーストラリアの消費を支配し、これによって農家だけでなく中小の小売業者や製造業者なども淘汰されている。新鮮な農産物や伝統的な食文化にかわって、大規模農場でつくられた農産物や工場でつくられた加工品や総菜は人々の健康にも大きな影響を与え、いまでは肥満が深刻な問題になっている。
オーストラリアといえば大規模な企業型農業をイメージするが、それは自由貿易とそれに関連した政策と密接に関わっていることは興味深い。同時に日本でも同様のことが起こっていることは農家だけでなく消費者としても危惧するところ。交流会参加者の感想でも、昨年和食がユネスコの文化遺産に登録されたが、このままTPPが進められ日本の農業や農村が破壊されれば食文化を支えてきた地盤を失うも同然との意見には同感である。
2日間の交流会はあっという間に終わり、皆が帰った後も胸の中にポカポカと温かな余韻が残った。自然はなんと懐が深いのだろう。私たちに食べものを与え、生きる喜びを与えてくれる。今を生きる者として、大切にすべきものを自覚し後世に伝えていけたら。新茶の収穫をしながら考えています。
