第53号 2007年12月
幸せなミカンになるために
「もし自分がミカンなら、どんなミカンになりたいだろう?」11月に入ると茶畑の作業は一段落し、それにかわって我家ではミカンの収穫が始まる。今年は夏の雨が少なくミカンの味は例年以上に濃厚でしかも豊作。毎日ミカンばかり見ているうちに冒頭のようななんとも可笑しな疑問が頭を過った。ミカン切りの鋏を持つ手をしばし休めて考える――まず土は適度に養分と水分があり、根をしっかり張りたい。農薬を全身に浴びるのは絶対に嫌だ。実を食べたり巣作りにやってくる小鳥、小さな虫やカエルや蛇、土をかき混ぜ時々体当たりもしてくる猪、いろいろな動物がいたほうが賑やかで良いだろう。下草は生えてもいいが、枝に覆いかぶさるほどでは光合成が出来なくなってしまう。大自然の中で新鮮な空気と水、太陽の光があれば、薬に頼らない強い樹となるだろう。ミカンの実は美味しいと喜んで食べてもらいたい...などなど考え始めたら次から次へと出てくる出てくる。
こんなことに想いを巡らすのは取るに足りないと一蹴されればそれまでだが、私はこんな些細なことでも考えるに値すると思う。大人は子どもに^「自分の身に置き換えて考えなさい。自分がされて嫌なことは、してはいけません」と教える。これは対人関係に限らず、他の生命や地球環境、社会に対しても同じことが言えると思う。自分に置き換えて考えることで、環境や食、平和など多くの問題への解決の糸口が見えてくるし、結局それが自らの暮らしや健康にも結びつく。人間には想像力という素晴らしい力が備わっているのだから、それを活用する時だ。
最近、食の安全と次から次へと浮上する企業による偽装がメディアを賑わす。ある社長が「安いものを求める消費者にも責任はある」と言って大批判を浴びた。彼の犯した罪は疑う余地はないが、それと同時に彼の発言にも一理ある。もしも消費者が安いものや、ブランド化されたイメージに飛びつく前に少しでも考えたなら... なぜ「安い」のか?食の安全と豊かさとは?企業だけでなく消費者の姿勢も問われる問題だと思う。
ミカンの果実をとっても、同じことがいえる。スーパーの青果コーナーには色鮮やかでピカピカのミカンが並ぶ。どれも同じ大きさに同じ形、同じ色で無表情。ミカンを生産する私としてはこれは恐ろしい光景。一本のミカンの木には大きい実も小さい実もあり、それぞれ微妙に形も異なる。そして食べ比べてみると実のなる位置や大きさによって味も微妙にちがう。けれど店の陳列棚のミカンはまるで工業製品のようにどれもこれも似たようなものばかりで、美しい見た目とは裏腹に食べると水っぽいだけで味わいがない。その裏には果実の選果がある。市場出荷のため規格が定められ、それに合わない果実は流通ルートから弾き出されてしまう。これを考える時、どうしても日本社会の受験競争と学力テストが脳裏をよぎり、悲しい気持ちになる。
一方、我家の無農薬ミカン達は外見はソバカスや出べそがあったり、大きさも様々でまるで田舎育ちの腕白坊主のようだが、味は濃厚でミカンひとつひとつに個性や表情がある。小さい実は剥くのは少々面倒だが甘みが一段と強い。大きい実は風呂上がりなどの水分補給に打って付け。個性が強いミカンは食べる時に手触り、色合い、大きさ、味、香りなどで食べる人の感覚を刺激する。
豊かな土から生産された健康な作物は、それを食べる人の生命力を強めるだけでなく、心も豊かにすると私は信じている。そういうミカンをこれからも作り続けていきたい。