第47号 2007年6月
祖父の歩んだ道
５月中旬にやっと新茶の収穫が終わった。今年は４月に入ってからの冷え込みのため、前年よりも１週間ほど遅れてのスタート。その結果、終了も１週間遅れた。春先に霜害を受けたため、収量は２割減。施肥後に適度に雨が降ったので味の面では前年よりも良いお茶に仕上がった。工業製品とは違い自然の中での生産だから、毎年同じようにはいかないものだ。その時々の天候や自然条件に影響を受けながら作り出されるお茶を飲みながら、その向うに広がる自然を思い浮かべ飲んでいただけたらと思う。
いま私の手元に表紙が日焼けし少し埃をかぶった一冊の古い本がある。表紙には「1987年農家日記」と記されているこの本は、2ヶ月前に隣町に住む祖母を訪れた際、本棚から見つけたものだ。そしてこの日記を書いた主は私の母方の祖父で、10年以上前に他界している。祖父は研究熱心で無農薬栽培で茶、ミカン、野菜を手懸け平飼い養鶏と養豚も行っていた。遊びに行くと、自家製の切干芋や落花生を食べさせてくれたし、鶏舎の隣には透明の大きな水槽がいくつも並び、その濃緑色の水の中の金魚を見るのが私の楽しみだった。金魚を飼うためだとばかり思っていたその水槽は、鶏や豚の餌に混ぜるクロレラを増殖させるものだったと後になって知った。お転婆な私が悪戯をしても怒りもせず、寡黙で時々「がっはっはっ」と独特な笑い方をする温かい人柄の祖父を私は大好きだった。
さて、この日記に話を戻そう。日記は毎日の日付とその日の天気、その隣に風や気温など天気に関連した一文が加えられ、農作業の内容が一日も欠かさず記されている。例えば、この原稿を書いている6月7日はこうだ。
6月7日（日）
天気 晴れ
気温 三十余
今日は暑い、真夏である
よし（祖母）、豊次さんの五平の田に行く
午前
卵出荷、
玉ねぎ・馬鈴薯
田廻り
ミカン草ねかし、槙の風通し良くする
午後
餌練り
山芋草取り
面白いことに、７、８月とさらに読み進んでいくが、毎日毎日草取りが続く。今私が毎日やっている事と変わらないのだ。亡くなった祖父の日記ということもあり私や妹の名前が出てくるかと期待したが一年間のうちに１回か２回だけ。しかも「今朝歩が来た」と、それだけ．．． なのに夏の作業では「あの畑の草が大きくなったから早く草を取らねば」、「今日は暑いから草取りが大変」、草の事ばかり書いている。思わず笑ってしまった一文は「もう少し草の事を考えなければ」という７月２０日のメモ。
傍目から見たら毎日が単調で同じ事の繰り返しに思えるかもしれないが、祖父の日記が示すように農作業は移り変わる季節と気候の中、それに合わせて作業を考える。だから同じ日など一日として無い。失敗や反省を繰り返し、新たな技術の研究や作業の工夫が将来に活かされる。農業に対する祖父の熱意とひたむきな姿勢が日記から伝わる。私が就農した時には祖父は既に他界していたから農業について直接話した事はない。けれど幼い頃に味わった祖父の育てた野菜の味や体験は今も私の奥深くで記憶と共に生きている。祖父のような百姓に私もなりたい。
