第51号 2007年10月
大地に根を張る
９月も下旬になると、だんだんと暑さも和らぎ、農作業の休憩時間に木陰に入ると汗が冷やされ肌寒く感じるほど。今年は９月２５日から秋番茶の収穫が始まった。７月上旬に２番茶が収穫された後、夏から秋にかけて伸びた茶葉は、柔らかな春の新芽と比べ葉肉があり、指先で触るとゴワゴワとした感触がある。そして今年の秋芽は数段良くなったと感じる。もちろん、その年の天候やそれに伴う病害虫の影響も新芽の生育と関係するが一番の要因は去年の秋に行の深耕だと私は確信する。
茶畑を実際に見たことが無い方でも、カマボコ型に整えられた茶木がまっすぐに植えられ、それが幾筋もの線となり山肌に広がっている光景を写真やテレビで一度は目にしたことがあると思う。茶の収穫、施肥、整枝などの作業はこのうね間を通って行い、同じところを歩くと土壌は踏み固められてしまう。そこで土を深く起こし通気性を良くし、地表の有機物を地中に混ぜ込むことで土壌を柔らかくし、根の張りやすい条件を作ることが美味い茶を作るうえでとても重要になる。
以前は地中２0センチほどを耕す中耕機を使っていて、茶木の生育不振に悩んでいた。無農薬だから病害虫の影響はもちろんあるが、夏以降の茶葉の伸びが悪いのはそれ以外に原因があると考え、整枝の時期や深さをいろいろと試してみた。それでもなかなか納得のいく答えが見出せずにいた時に土という根本に目を向けるようになり、去年から50センチまで深く耕せる深耕機に切替えた。深耕機は私の体重の倍以上もの重さで、機械の先に大きなフォークのような形の鍬がついていて、その鍬を地面に突き刺し地中深く耕す。土が堅いと跳ねるように大暴れする機械を必死に支え、抑えながらうね間を一通りずつ耕す。
今年も深耕機との格闘を繰返す中でいくつかの事が見えてきた。堅く締まった土に育つ茶木の樹勢は劣っているということ。そして同じ茶園でも場所によって土質が微妙に異なること。以前に敷き草や堆肥などの有機物を多く投与した茶園の土は柔らかいということなど。そして何よりも良い土作りこそが良い茶を作る原点だと実感した。深耕された土は柔らかく通気性も保水性もよく、何よりも根の張りが良くなる。その結果、茶木は樹勢を増し、良い茶葉が収穫できる。深耕をするといっても、いつの時期でもただ何度も繰返せば良いのではない。茶の根が一年で最も伸びるのは9月から11月にかけて。そこで深耕は8月下旬～9月上中旬に行う。それ以外の時期に深耕すると不必要に根を切り茶の生育を阻害するから注意が必要なのだ。
近年の農業でとても気になることがある。それは百姓が土から離れてしまったこと。その一因として考えられるのは化学肥料への過度の依存だと思う。化学肥料が普及する前、百姓は山や畦の草を畑に敷き込んだり、堆肥など多くの有機物を畑に入れていた。そしてこれらの有機物は土壌中の微生物やミミズなどによって分解され、植物の栄養となり大地を豊かにした。農業は良い土づくりが原点だと皆が理解していた。ところが化学肥料の導入はこれまでの耕作のあり方を根本から覆した。化学肥料は植物に直接吸収されるため、土壌中の微生物などの働きや有機物の必要性が過小評価された。その結果、百姓の関心は地中から地表へと移った。良い作物を作ろうと化学肥料、除草剤、殺虫剤などの農薬を躍起になって散布しても、ミミズや微生物が土壌から姿を消したことには無頓着な百姓が増えたことはなんと悲しいことだろう。
そしてこのような現象は農業の世界だけでなく人間社会全般に見られる。高級な洋服、化粧品、装飾品、エステなど外見をきれいにしていても、食事は添加物や化学調味料が多く使われたファストフードであったり、過度のストレスに身を置き心の健康を失い、基本的な生活のリズムが崩れている人が増えている。政治の世界でもマスコミの一方的に流す表面的なイメージやキャッチコピーに踊らされ国民の暮らしや生命、平和に関わる本質的な部分は御座なりにされている。これはこの国の人々の根っこが、か細く弱くなってきている証拠だと感じる。時間の要する作業であっても、茶木の根同様に私自身の根もしっかりと大地に広がれるように土を耕していく必要があると感じる今日この頃。
