第95号 2011年7月
三年の魔法
「石の上にも三年」という諺があるが、三年という年数は有機農業でもキーワードとなる。これまで農薬や化学肥料が使われていたり、休耕していた畑を借り受けて、無農薬・有機栽培に切り替える際に最初の3年で田畑は劇的な変化を遂げるように感じる。
長年、農薬や化学肥料を投与された畑の土はコンクリートのように固い。化学肥料は植物の根から直接吸収されるため、土中の微生物やミミズなどの小動物を必要としないし、根の張りも浅い。地上では病害虫の発生を抑えようと何種類もの農薬が年間を通して散布されるため害虫だけでなく益虫もその他の虫も姿を消し、時々害虫が大発生するため更に農薬を散布するという悪循環。農作物以外は雑草も虫もあらゆる生命が存在し得ない歪な空間が畑に作り出される。
そんな畑を無農薬・有機栽培に転換する時の最初の3年間はとても重要であり、無農薬・有機栽培とはどのような農法なのかをつくづく実感する月日だ。このような畑では無農薬で当たり前だったことが通用しない。まず土中の微生物の活動が弱いため堆肥や落葉、有機肥料を投与しても分解されるのに何倍もの時間を要する。害虫を抑制するカマキリ、クモ、テントウムシなどの益虫も少ないため、害虫の被害にもあいやすい、茶樹自体の生命力も弱いためか病気も発生しやすい。それでも時間が経つにつれ少しずつ変化が見られる。その指標のひとつが雑草。雑草も生えないような土は大抵痩せているとよく言われるとおり、雑草の生え方と土壌と生態系の豊かさは比例している。草もはじめのうちはスギナやイネ科のものが多いが、土が豊かになるにつれハコベのように柔らかな葉をもつ草へと変わっていく。雑草は固く締まった大地に根を張り、土を少しずつ解す。雑草は様々な虫の棲みかともなり、畑の生態系も少しずつ取り戻される。除草された草は微生物に分解され土の肥しとなり、土を豊かにする。農薬を使わないことで小さな変化が着実に私たち人間の目に見えないところで起こり始める。そして、3年ほどした頃から、その変化は生態系の豊かさという目に見える形で目の前に現れる。
3年前から地元の若者達と一緒に休耕田で無農薬の米づくりに取り組んでいる。3年目となる今年の田んぼに足を踏み入れ、「ん？」と感じた仲間が多かった。水を張った田の土はトロトロとしていて昨年までとは違う。屈み込んでトロトロとした泥の層を覗くと無数の糸ミミズが泥の中からお尻だけユラユラと出しているのが見える。蛙、ユスリ蚊の幼虫、ヒル、その他名前も知らない小さな虫たちが元気よく泳ぎ回る。無農薬に取り組んでいて、これほど嬉しく心躍る光景はない。3年前には見られなかった光景が今目の前に広がり、少しずつ生命が息を吹き返す光景に自然のおおらかさを感じる。今年からは野生のカモも私達の田んぼに飛来し毎朝餌をついばんでいる。その野生のカモの巣を先日作業をしている時に茶樹の下に偶然にも見つけた。山の茶畑から巣立ったカモたちが里に下りて田んぼで餌をとり、また巣作りに山へ戻るという循環が我家の畑で出来ているとは何と嬉しいことだろう。ゆっくりではあっても自然は着実に自らを再生し、新たな命が生まれ、死に、その繰り返しの中で生命のバランスが保たれる。そのような自然の大らかさによって私たち人間も生かされ、自然に寄り添いながら生きることで、豊かさを享受する。
