第105号 2012年6月号
忘るまい
春の低温の影響で新茶の収穫は1週間ほど遅れ、例年であれば4月下旬に最初の収穫が始まるが、今年は5月２週目から最盛期に入った。今年の最初の新茶が手元に届くとすぐに私たちはその貴重な茶葉を検査機関に送った。喜ばしいはずの新茶シーズンの到来であっても、心の隅に常に放射能という不安が影を落としていた。5月2日に送った茶葉の検査結果が4日に届くまでの時間はなんと長く感じられただろう。毎日ソワソワとした気持で落ち着かず、4日には結果が届いていないかと何度となくファックスやメールを確認した。待ちに待った結果は4日の夕方ファックスで送られてきた。結果はヨウ素、セシウム134、セシウム137の全てにおいて不検出（検出限界値は1㏃）であった。私たち生産者の安堵は筆舌に尽くしがたいもので、今までの緊張感から一瞬のうちに解かれ体から力が抜けてしまうような気がした。これで翌日から本格的に始まる新茶の収穫に専念できる。
その後も２度、異なる分析機関で茶葉を検査してもらい全てにおいて不検出であった。今年の新茶から放射能が不検出であったことは、私たち生産者に再び収穫の喜びを与えてくれる。ただ、私たちはしっかりと胸に刻み、決して忘れてはいけないことがある。2011年はとても苦しい年であった。大切に育てた茶が汚染され、大地が汚染され、基準値以下といえども放射能が検出された茶13.5トンを苦渋の決断で「産業廃棄物」として廃棄した。汚染された大地を、そこに生きる多くの命を、食べられることなく廃棄されていった農産物を私たちは忘れてはならない。放射能汚染によって一瞬で踏みにじられた百姓の心と情熱、そして言葉にならない悔しさを忘れてはならない。
不検出という結果は、ひとつの区切りであり、始まりであると思う。これから農産物からの放射性物質の検出は減っていくだろう。けれど、それは放射能が消えたことでも、原発事故が終息したことでもない。雨で流され川を下り、海に流れ出ているものもあれば、大地に残っているものもある、大気中を漂い世界中に拡散したものもある。目に見えないものが、さらに目に見えない形で残っているという事を私たちは忘れてはならない。農産物から不検出であっても、地球上から消えたわけではないということ。セシウム137の半減期は30年、プルトニウム239は実に2万4千年も経たなければ半減しない。私たちの意識から消し去ってしまうことが一番の危険なのだろう。5月5日に日本にある全ての原発が停止した。2012年をどのような「始まり」の年とするかは私たち次第だ。静岡県では浜岡原発再稼働の是非を問う県民投票条例の制定を求める署名活動が始まっている。無農薬茶の会の生産者も其々が受任者となり、署名活動に励んでいる。二度と同じ過ちを繰り返さない為、今も放射能汚染に苦しむ福島やその他の地域で頑張る農家の仲間たちへの連帯を込めて、そして生産の喜びと生きる喜びを私たちの手に取り戻し未来へと繋ぐ為に、すべての原発の廃炉を求める。
私たち「無農薬茶の会」発足以来、最大の危機に瀕した年でしたが、この苦境を多くの方々からの温かいお心とご支援をいただいたことに心より感謝しております。苦境の中で、このようなご支援は大きな励ましであり、私たちが生産を続けるチカラとなりました。頂いたお心を忘れずに、これからも食の安全と農業を私たちの手で守っていく決意です。
