第104号 2012年5月号
笑いこだます
新茶の季節、それは光が満ち溢れる季節。山では小鳥たちが歌い、茶木の間では無数の小さな虫たちがせわしなく動き回る。新芽を優しく揺らす風は遠く向こうの山に咲く草花の香りを届けてくれる。柔らかな陽ざしの下で、あちらこちらで生命の讃歌が聞こえてくる。新茶収穫間近のある日、そこに人々の大きな笑い声が加わった。
無農薬茶の会が36年前に発足して以来、毎年この時期に開催される「お茶摘み交流会」が4月28・29日に開かれ、今年はなんと過去最多140人が全国各地そして海外からもやってきた。生産者を合わせると総勢170人超の大交流会を前に、山菜など食材は足りるか、寝る場所は十分か、夜の懇親会で全員が座れるか、雨が降ったらどうするか、茶畑までの移動は．．．などなど挙げ始めたらきりのない程の不安が準備の段階からあったが、実際は生産者が作業を手分けし、当日も参加者の多くの方々が積極的に手伝ってくれ、なんとか乗り切ることが出来た。怒涛の二日間の後、私達は肩を撫で下ろした。それにしても何故今年はこれ程までに参加者が多いのか？
昨年は原発事故による放射能汚染で、私たち茶百姓にとってとても苦しい一年であった。売上は3～4割も下落した。これまで農薬も化学肥料も使わずに安全な農作物を作り届けたいと36年間耕し続け、たとえ基準値以下でも安全とは言えないという立場から、苦渋の決断で2011年度産の茶葉13.5トン以上を廃棄処分した。丹精し大切に育てた茶は私たち茶百姓の情熱であり、心であり、身体の一部でもある。その茶が汚染され「産業廃棄物」として処分されるため倉庫に山積みに放置されている。我が身を裂かれるような到底言葉では言い表せない悔しさが込み上げてくる。
本来であれば、一年の中で最も喜ばしく、茶百姓が光り輝く新茶の季節。今年は暗い影のようなものが村を覆っていると感じる。口には出さなくても、皆が大きな不安を抱えている。「今年の新茶は大丈夫か？」「大丈夫であって欲しい」「もし放射能がまた出たら．．．」。一年以上も悩み苦しみ、再び新茶期を迎えた今も悩み続けているのが現状。私たち「無農薬茶の会」ではすべての茶を検査し結果を公表するという決断をしたが、それでもやはり悩み続けている。先週開かれた4回目の東電賠償請求の説明会では到底納得のいかない対応しか東電からは得られていない。
とても長い一年。悩んでいたのは私たち生産者ばかりではない。何が安全なのかわからない、被災地を応援したい一方で内部被ばくが心配。日本の大地が汚染され、そこで生き、食べ、生活するすべての人々が先の見えない不安の中にあった一年だったのではないだろうか。だからこそ今年のお茶摘み交流会では例年の2倍近くの参加者が当地を訪れたのだろう。二日間の交流会を通して、大自然の息吹を肌で感じ、新たな出会いと、人と人の繋がり、旬のものを食べ、共に笑い、語り合った。そんなシンプルなことこそが、今とても大切であり、一筋の希望の光だと皆の弾けるような笑顔を見ながら感じた。
普段は静かな山々に一層大きな声で笑い声が響き渡る。なんと幸せな響きだろう。大きな励ましと希望をたくさんいただいた二日間だった。皆さん、ありがとうございます。
