第164号 2018年3月
子どもと仕事
「これ、すっごく甘いんだよ！」
作業の手を止めて、傍らの息子を見ると手に何やら草を持っている。はじめ何のことかわからずにいると、おもむろに草の先に付いた赤紫色の小さな花を口に含んでいる。今の時期、畑に繁茂する仏の座は私たち大人が見ればただの雑草だが、彼にとってはご馳走の茂みに見えるのだろう。大喜びで花を摘んではその蜜を吸っている。我が家では子どもには市販のお菓子を与えていない。味覚の形成される幼児期に強烈な甘さや刺激のある化学調味料の味ではなく、素材本来の旨味や甘みを知ってもらいたい。学校に行くようになれば、私がそうであったように他の友達たちと駄菓子をたくさん食べる日が来るだろうから、せめて保育園に通うそれまでの間はと思っている。花の蜜の微かな甘さを「すっごく甘いんだよ！」と満面の笑みを湛えながら食べる感性は彼のこれからに根っこのようなものとして残って欲しいと母は願う。三つ子の魂百までである。
今年で75歳になる父はこのところ、新茶園の造成に精を出している。耕作放棄された茶園を開墾し、そこを平らに均して茶の幼木を植えるのも、今年で3年目。昨年末から着手している圃場に3月、小さな苗木たちを一本一本大切に植え付ける。茶の木は上へ上へと伸びる性質があるため、植え付けの際には苗の枝張りを見て、斜面に対して上側に伸びようとしている枝を向けてやる。あらかじめ掘ってある穴に苗を置き、そっと土をかける。一度植え付けた後、鍬で根元に土寄せをする。新しく開墾したばかりの畑は大小の石がゴロゴロと出てくる。これらの石はいずれボロボロと砕けて細くなってしまうため、大きなものだけ運び出す。
保育園が休みの週末、3歳の息子も一緒に畑へやって来る。畑へ着くなり、靴を脱いで裸足になる。少し前までは裸足で野山を駆け回り、泥んこになったり、野花を摘んだりという遊びは子どもにとっては何でもないことだった。それがいつの頃からか土は汚いもの、野に生えているものはむやみに口には入れてはいけない、靴はしっかり履いて、服は汚さない、などと大人の都合で子どもたちの遊び方までが変わってしまったようだ。ある作家が「子どもと犬の暮らしを見れば、その国が見える」と書いていたことを思い出す。子どもが子どもらしくいることが難しくなっている日本で子育てをしていると今まで気付きもしなかったことに気付かされる。交流会などで茶畑にやって来る子どもたちはカマキリやクモを見つけおっかなびっくり捕まえ、田んぼでは泥に足を入れられなかった子が数年通ううちに泥んこになって田植えをする姿は見ているこちらまで嬉しくなってしまう。ここに来れば、子どもが大声を出して走り回っても、裸足で泥に足を突っ込んでもそれで良い、私たちの畑はそんな場所でありたいと思う。畑にやってきた息子は大人の真似をして、彼なりに一丁前に仕事をしているつもりで「自分で、自分で」と言いながら苗木の植え付けや石の運び出しをする。もちろん大人のような仕事はできないにしろ、それをダメとは止めないようにしている。自分の手を動かし、考え、その時々の年齢なりに出来るようになっていく。他の週末には味噌用の大豆の選別作業も手伝い、子どもながらに様々な農作業をし、仕事も遊びに変えてしまう。かつて農業は暮らしにもっと密接にあり、子どもも大人もなく働き、その中で子どもが親や周りの大人から様々な技術や知識を習得し身につけていった。子どもの存在に刺激を受け、考えるきっかけをもらっていることに感謝したい。そして何より子どもがいることで畑に笑いが絶えないことにも。
